ホテイアオイ’03・9/7(日)


 
 
 ホテイアオイか水ヒヤシンス

 何を思ったか、深呼吸をする。腹の底から浄化されていくようだ。
 酒浸りの男どものことではない。汚れなき天使の吐く息のことである。
 夏の間、青々と葉ばかりが水一面に繁茂すると思っていたが、
人知れず薄紫色の花を咲かせていた。暑かろう大気の下のオアシスのように。
 深い呼吸の後、少年は「ほい(堀)」を見つめる。
 濠でもクリークでもないほいと呼ばれる田園の水がめなのだ。
 目線に角度があるのか、焦点はあるのか。葦が見え、地平線が見え、また田んぼが見え、
部分が見え、本当に見ていたのか、妄想だったのか。足元から堀に広がる薄紫の花畑。
 ホテイアオイ。英名でウォーターヒヤシンス。南アフリカ原産の熱帯植物。
 暑さに強い訳だよ。明治の庶民が観賞用に涼しさを求めたガーデニングだったのだろうか。 
 しかし今となっては、雷魚、ザリガニ、ウシガエル、ジャンボタニシ、ブラックバス、ブルーギル、
アカミミガメなどと同様にクリークの厄介者。
 かっては豊饒の溜め池も不要物のクリークか。もっと風景としても
灌漑(かんがい)治水としても残って欲しい。
 詩人は偉大だ。白秋はたびたび「・・・水ヒヤシンスの花咲くころ」とうたっている。
 失郷者や離村者の胸にふと去来す風景は、水面に咲いたホテイアオイでもない水ヒヤシンス。
 「サイゴンsweat」ベトコンはホテイアオイの下に潜んで敵を待ち受けたとも言う。
 映画「地獄の黙示録」で巡回艇PBRがジャングルに向かう船縁に
緑輝くホテイアオイが川面に浮かびもまれ流れていった。
 花言葉は「動揺しやすい恋の悲しみ」。
 蓮が極楽ならかくも美しいウォーターヒヤシンスはベトナムの地獄か。
 巡回艇がたどり着いたジャングルの奥地のカーツ王国はそれこそホテイアオイの狂気の楽園。
 地獄絵図の端々に、またなつかしくホテイアオイも見ていたのだろう。
 再びカーンと晴れわたったた9月の空の下。心新たにわき上がってくるものは、
忘れ去り気にも留めなかったホテイアオイ、それがいやならウォーターヒヤシンス・故郷なのである。